つれづれ(駄目な日記のタイトルの例)

今回の講習の受講生に、珍しく二十歳そこそこの女の子がいる。
その子に、休みの日に一人で映画を見に行くいう俺的には極めて
よくある日常について話したのだが、意外なことにその子もそうらしい。

なんで休日の北見はこんなにカポーばっかりなんだコンチキショー などと
いうアレ気な話題にもしっかりついてきた。
あげく、今度映画に誘ってくださいよー などと、社交辞令に
しても珍しいことを言われたわけだが。

寂しいことを否定しない。
この辺が若い人の強みなんだなあ、と思った。


自分は、寂しくてもなんとかなる。
ウサギじゃあるまし、寂しいぐらいでは人は死なない(ウサギも
死なないけど)。

でも、確実にダメージは蓄積されていく。


12年前〓7年前ぐらい(もうそんなに経つのか)、東京で
一人暮らしをしていた時、いくつかの理由でいわゆる引き篭もり
同然の状態にまで追い詰められたことがある。

当時を含め、自分は昔から、死にたいと思ったことは一度も無い。
でも、流石に当時は生命力がかなり落ちていたと思う。
幸い、東京にいた時は常に最低一人は身近に友人がいたので、
まだ救われた。
彼らがいなかったらどうなっていたことやら。

当時のことを言う時に、「5年寝てた」といつも表現している。
まさにそんな感じ。錆付いていくような独特の感覚。


当時は意味も無く友人のところに遊びに行ってとダベっていた。
少なくとも話している間は不安感は消えていたと思う。
それは今考えると自己防衛と言えるものだったのかも知れない。
あと、1ヶ月のインド旅行の時にも少しそれを忘れられていた
気がする。


北海道に戻ってきて7年、前ほどの親友は身近にいないのに
なんとかやっている理由は、家族とかネット越しの友人、
そして仕事とはいえパソコンサポートや講師やweb屋としての
自分の力を求めてくれる人達のおかげなのだろう。

そう考えるとわかることがある。
自分は強烈に運がいいということ。
そして自分は別に精神的に強くはないということだ。


なんかなにが書きたいのか自分でもよくわからなくなってきたので、もう寝ることにする。